2019年3月17日日曜日

聖書の「聖」


聖書は漢字で「聖なる書」と書きます。

この「聖」についてちょっと考えてみたいと思います。

聖、聖なる、聖い、聖別・・・それから聖絶なんて怖いことばもある

聖書に何百回も登場するこの「聖」という言葉ですが、

クリスチャンでない方たちは、どんな言葉を連想するでしょうか?

たぶん、聖人、聖殿、聖域、神聖・・・とか

なんだか人を寄せつかないような、近寄りがたいつめたい感じがしますよね。


ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説によると

聖(せい)holiness

宗教の基本的概念の一つ。第一義的には神または絶対者,もしくはそれに類する神格の本質的属性であり,消極的には一切の不完全やけがれ,特に倫理的欠陥,罪の欠如をさし,積極的にはほかのいかなるものをもこえたその絶対性,特に万物の規範としてのその完全性をさす。このような超絶性は,人間に戦慄感と同時に深い魅力をも生じさせる。神以外の人間や事物も,この第一義的聖との関連において聖といわれる。

ん~分かるけど、なんだか難しい。


「聖」は神様の性質を表すことばなのですが、

「聖」は、まず神さまと神さまがお造りになったこの世界のすべてのものとを区別することばです。

そういった意味では、神さまだけが「聖なる方」です。


一方で、神さまはご自分の特別な目的のために物や人を選んで、それを他のものや人と区別して「聖なるもの」とみなします。

旧約聖書の中では、神さまは「聖なるもの」と「そうでないもの」とを区別されます。

でも、それはこの世界が人間の罪によって壊れてしまった後ことです。


その前は・・・?

そのようにして神はお造りになったすべてのものをご覧になった。

見よ。それは非常によかった。

(創世記1章31節)

・・・と書いてある。


なので、最初はすべては聖(きよ)かった・・・のです。

人間もこの世界も、すべてをお造りになった神様の目には、

完璧な、すばらしい、うるわしい作品だったのです。

「聖」は確かに完璧さを表すことばですが、

聖書の「聖」には「きびしさ」とともに「あたたかさ」があります。

神さまが愛情を込めてすべてをお造りになったから・・・。

神さまがお造りになったものに「いのち」があるから・・・。

お造りになられたこの世界を見て感動されたから・・・。

人間をとくべつな存在として他のなによりも愛されているから・・・。

だから「あたたかさ」があるのです。


聖なる方、すべてをお造りになった神さまが、

罪によって壊れてしまった(聖さを失ってしまった)

私たち人間とこの世界を

イエス・キリストを通して救い、

もう一度、神さまの目に聖なるものとし、

うるわしい神の作品としてまったく新しく造り直してくださる。


それが聖書の伝える中心的なメッセージです。

そこから考えると、聖書の「聖」をすこし理解する助けになるのではないでしょうか。

(写真:家の近くで見かけた早咲きの桜です。)